保釈された佐藤零郎からのメッセージ

昨日、7月25日高裁の保釈が決定され、無事解放されました!
いまはただ、外の世界の現実感がまだなく、少し興奮気味の状態ですがとりあえず「ホッ」としています。
たくさんの熱いエールありがとうございました!
みんなのメッセージに拘置所で落ち込んだときにすごく勇気付けられました!

2007年の住民票が削除されたときからわたしたちは、市役所前に泊り込んで削除の不当性を訴えてきました。
そのときから、大阪市は、一貫して、今回、逮捕のきっかけとなった投票所と同じように市役所の門の入り口前で、ガードマン・市職員がずらりと門の前に並び、市役所の中に入れないようにしていました。
その市役所の前で、「話し合いに応じろ!」と市の職員と押し問答があったとき
ひとりの住民票を消された労働者が「おい!この市役所誰がつくったとおもっとるんじゃコラ!」
となげきと怒りが混じった声で叫んでいた!
これほど自分の気持ちに誠実な真実なる訴えはない!
警察や市職員が、この訴えを威嚇として認識する耳しかもっていないのは人として残念であるし
わたしは市役所前で叫ばれた労働者の真っ当な訴えを感じ取る耳を持ち続けたい!
声の小さい人間が精一杯に大きい声を出すと、力ずくでもってねじ伏せる。

怒りの感情が奪われる!

先日刑務所へ送られた大先輩が手紙をくれた!でもこんな弾圧で「いっときだってしょぼくれてなんかいられない!」
「次、外にでたら〜(何をしよう!)」ということをぼくはいつも考えながら中で過ごしてるんだ。
「「激情」という言葉に人間本来のあるべき姿を見ている」と若き日のマルクスが吐いた言葉をおしえてくれた!

外にでたときに「怒り」とはなんぞや?「激情」とはなんぞや?ということを語れる若い友人ができたことをぼくは楽しみにしていると語った老活動家と出会えたこと。

「怒り」「激情」ぼくは釜で出会った先輩たちに、そんな感情があることをはじめて教えてもらった!
ただただ、そのことを羨ましいと権力に思わしたい!
間違ってない!ぼくたちは間違ってない!
たくさんのひとの応援の声に勇気づけられた!すこしでもその恩をかえしたい!還元したい!
これからも裁判は続くし、終わったわけじゃない!でもひとまず保釈されて「ホッ」という感じです。
これだけたくさんの方の応援が保釈を勝ち取ったのだと思っています!

ほんとうにありがとうございました!

 7月27日 佐藤零郎

保釈!!

今日午後に、拘留されていた4人全員、保釈されました!

支援してくださったみなさま、ありがとうございます。
裁判は続きますので、今後もご注目よろしくお願いいたします!

Today, 4 people,that have been taken into custody for more 3 months, released from Osaka detention center!!
Thank you all for much support and solidarity!!

(They were arrested, charged with interfering with a public official in the line of duty. In fact the charge is bullshit!!
Please read→http://d.hatena.ne.jp/FreeK/20110415)

FREE KAMAGASAKI 4!!! 仲間4人を返せ!!! 警察くたばれデモ!!!

7月17日、不当弾圧、不当逮捕に反対するため、大阪府警本部へ向けてデモが行われます。

4月5日の釜ヶ崎大弾圧の後も、関西地区生コン支部に弾圧が行われ、支部役員ら13人が不当逮捕、その後起訴されました。大阪市内のクラブでも、不当な摘発がたびたび行われているといいます。

警察・検察・裁判所の不当な権力行使に腹を立てている皆さま!そして応援・共感してくださる皆さま、ぜひ、ご参加ください!

◆「警察・検察・裁判所の弾圧を跳ね返す 7・17総決起集会」
あらゆる運動に対する人権侵害を阻止しよう!
長期勾留目的のでっちあげ事件づくりを糾弾しよう!
大阪府警の不当労働行為を許すな!裁判官による憲法違反を許すな!
闘う仲間の総決起で権力弾圧をはねかえそう!

○7月17日(日) 
集会:13時〜
※12:30〜パーカッション・グループ「カワン・モラ​ウ and special」によるライブがあります!
デモ:15時頃〜

主催:えぇかげんにせぇ!警察・検察・裁判所 反弾圧ネットワーク 
連絡先:06−6583−5516 
Email:web@rentai-union.com
http://www17.plala.or.jp/kyodo/0717.pdf

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初公判決まりました!!

◆第一回公判 
 日時:7月20日(水) 13時半〜16時20分
 場所:大阪地裁201号法廷
 
※傍聴券発行されます。

※逮捕された4人の本人陳述(10分)があり、その後弁護士からの陳述もあります。

ぜひ、お集まりください!!!

「4・5釜ヶ崎大弾圧と原発を考えるための覚え書き」

http://jfissures.wordpress.com/2011/04/14/notes-on-the-4-5-great-kamagasaki-oppression-and-nuclear-power-industry/ より。

4・5釜ヶ崎大弾圧と原発を考えるための覚え書き

原口剛

 2011年4月5日、近年例を見ない規模の大弾圧が、大阪の釜ヶ崎で起きた。大阪府警釜ヶ崎にかかわる5名を一斉に逮捕し、少なくとも14ヶ所へのガサ入れを行なったのだ(後日、さらに2名が逮捕された)。
 この弾圧の文脈は、2007年にさかのぼる。釜ヶ崎では、簡易宿所(ドヤ)や飯場を転々とする日雇労働者や、それにすら泊まるお金のない野宿生活者が、支援団体の施設などに住民票を置いていた。ところが大阪市釜ヶ崎解放会館など3つの建物に置いていた日雇労働者の住民票を、2007年にいっせいに消除した。ただでさえ基本的権利から排除された日雇労働者野宿生活者は、さらに住民票を失うことによって、選挙権の行使という権利すらも奪われることになった。この暴挙に抗議すべく、昨年2010年7月の衆議院選挙投票日には、釜ヶ崎地域内の投票所で人権侵害を訴える行動が取り組まれた。2011年4月5日、大阪府警は4月10日の地方選挙において抗議の声があがることをあらかじめ封殺するために、この抗議行動への参加者を弾圧したのである。
 この4・5釜ヶ崎大弾圧を、釜ヶ崎という特殊な地域の出来事として、切り離して考えてはならない。それは、3・11以降の原発をめぐる日本の状況に直結するものとして考えられなければならない。ここでは、3・11以降の状況と4・5釜ヶ崎大弾圧を結びつけて考えるために欠かせないと思われる点を、書き記しておきたい。

1.
釜ヶ崎や山谷といった寄せ場日雇労働者は、建設業をはじめとする産業労働にとって、欠くことのできない労働力であった。高速道路、高層ビル、ダムといったさまざまな建設物は、寄せ場日雇労働者の手によってこそ建設された。釜ヶ崎日雇労働者がいなければ、いったい誰が1970年の万国博覧会の会場を建設できただろうか?
しかし、日雇労働者がそのような労働を担ったという事実は、人びとに知られないまま忘れられていく。人びとの知らぬところで、人びとの意識にものぼらぬところで、寄せ場日雇労働者野宿生活者は、誰も携わりたくないような、もっとも危険で苛酷な労働を担わされてきた。そして彼らが担わされた労働のひとつが、ほかならぬ原発被爆労働だった。『野宿労働者の原発被曝労働の実態』http://san-ya.at.webry.info/201103/article_11.htmlには、東京・山谷の労働者の原発被爆労働実態の証言が記録されている。ここには、ろくな説明もないまま、わけもわからぬまま原発被爆労働に送り込まれ、身体を蝕まれ、仲間を失った労働者の生の声が綴られている。万国博覧会を開催するのに釜ヶ崎が必要不可欠であったのと同じように、原発という呪われた装置を維持するためには、寄せ場の労働者が、彼らの犠牲がどうしても必要だったのだ。
 そしていま、数多くの労働者がこの禍々しい労働に送り出されている。彼らが寄せ場から送り出されたのか、別のところから送り出されたのかはわからない。けれども確かにいえることは、いま原発被爆労働を強いられている労働者と、寄せ場日雇労働者は、似たような、ではなく、まったく同じ存在だということだ。釜ヶ崎日雇労働者はあしたには原発労働に送り出されるかもしれず、原発に送り出されている労働者はあしたには釜ヶ崎に住むかもしれない。釜ヶ崎に対する弾圧は、いま原発被爆労働を強いられている、あるいはこれから強いられようとしている、すべての労働者を弾圧するのに等しい行為である。

2.
4・5釜ヶ崎大弾圧の標的のひとつとなったのは、ドキュメンタリー・スペースであった。これは、権力がなにを恐れ、潰そうとしているのかを、端的に示している。それは、記録すること、表現すること、伝えることなのだ。
ここで思い起こされるのは、2008年6月に勃発した第24次暴動である。1990年代以降、釜ヶ崎労働市場は縮小を続け、釜ヶ崎は「労働者のまち」から「失業者のまち」へと変貌させられた。このなかで暴動の炎は、1992年の第23次暴動を最後に、もはや過去の伝説と化していたのだった。それゆえこの暴動は、釜ヶ崎にかかわるすべての人々を驚嘆させた。そしてなにより重要なことに、この暴動には多数の若者が参加していた。
この2008年暴動について、2009年の文章のなかで私はつぎのように書いた。「若者は、長年の闘争が刻み込まれた釜ヶ崎にこそ、自身の怒りを表明する場を見出したのだ。かつての日雇労働者と現代のプレカリアートが、ともに機動隊に対峙する姿は、まるで先輩が後輩に怒りの表現方法を伝授しているかのようであった。08年釜ヶ崎暴動が伝えるもっとも重要な教訓は、都市大阪には、抑圧された民衆の憤りが潜在的に、しかし確実にうごめいているということ、そして機会と場所さえ与えられれば、それはさまざまなかたちをとって爆発しうるということ、である。このとき怒りの表現は、釜ヶ崎のみならず、都市空間のあらゆるところで、予測不可能なかたちで爆発しうるだろう」。
おそらくドキュメンタリーは、怒りの表現方法を伝達し、さまざまな場所に伝播させるうえで、カギとなる役割を担っている。3・11以降の現在、原発をめぐって怒りの素地があまねく広がっている状況において、その役割はなおさら重大である。だからこそ、4・5釜ヶ崎大弾圧において、それはまっさきに弾圧の標的になった。私にはそう思えてならない。だとすれば、記録すること、表現すること、伝達することは、釜ヶ崎大弾圧そして原発に対する闘争の、おそらくは最前線に位置している。4・5釜ヶ崎大弾圧は、日雇労働者に対する弾圧であると同時に、記録や表現に携わるあらゆる者に対する弾圧でもあるのだ。

(補足)
1.釜ヶ崎とは、その数2万人とも3万人ともいわれる日雇労働者が住む地域である。釜ヶ崎には最大の時期には200軒以上の安価な宿(ドヤ)が並び立っており、日雇労働者はドヤを住みかとして生活してきた。このような場所は、東京の山谷、横浜の寿町、名古屋の笹島など、大都市には必ず存在しており、それらは総称して「寄せ場」と呼ばれている。
2.寄せ場は、決して自然発生的に生まれたのではない。それは、資本や国家が自身の必要のために生み出した産物なのである。1970年の大阪万博を成功させるために、政府は関連する建設工事に従事する若い単身労働者を全国からかき集めようとした。そして、使い勝手の良い安価な労働力を大量に確保するために、1960年代後半に釜ヶ崎日雇労働者のまちへと塗り替えた。こうして釜ヶ崎は、建設業をはじめとする諸産業の最下層部に日雇労働力を供給する地域として、資本によって活用されつづけてきた――そして彼ら日雇労働者を使い捨て、野宿生活へと、路上での死へと追いやってきた。
3.寄せ場は、国家や資本に対し声をあげるための舞台であり、抵抗を繰り広げるための拠点であった。そのもっとも重要な実践は、暴動である。1961年8月1日、車に轢かれた日雇労働者を警察が長時間放置したことをきっかけとして、釜ヶ崎の第一次暴動が発生した。以後、釜ヶ崎では大規模なものだけでも計24回の暴動が起こりつづけてきた。

6/26(日)『長居青春酔夢歌』上映会開催!

http://yoshida123.exblog.jp/12928307/より。

大震災と原発事故で日本中が揺れている中、3月11日以降、市民運動や労働運動に携わっている人達の不当な逮捕事件が相次いでいます。まるで戦前の治安維持法の時代に逆戻りしたかのように、社会不安を抑制するための不当な弾圧が今の日本では起きています。

4月上旬、日本最大のドヤ街として知られる大阪の釜ヶ崎でも、住民票を不当に削除された人達の選挙権問題について取り組んでいた当事者・支援者ら7名が一斉に逮捕されるという事件が起きました。そのうちの一人に、この問題について継続的に撮影を行っていた映画監督の佐藤零郎さんがいます。佐藤零郎監督は、撮影したテープも押収され、4月26日に起訴、現在も大阪拘置所での拘留が続いています。

今回の上映会では、大震災や原発事故によって多くの人達が住む場所を奪われた今、その評価が改めて高まっている佐藤零郎監督の『長居青春酔夢歌』を上映し、長居公園の芝居を創作された劇作家の太田直里さんにお話をして頂きます。

エスパシオ映画研究会特別企画》
佐藤零郎監督『長居青春酔夢歌』上映&トーク
【日時】6月26日(日)16時から上映、18時30分から交流会
【場所】キノ・キュッヘ:木乃久兵衛国立駅より徒歩15分)
【地図】http://www1.pbc.ne.jp/users/kino9/
【参加費】1,000円
(上映会の収益は、佐藤零郎監督の救援活動にカンパさせて頂きます)
【ゲスト】太田直里(劇作家)
【交流会】1,500円(映画鑑賞とは別料金、交流会からの参加も可能です)

【作品紹介】
2007年冬、大阪の長居公園では、ホームレスの人達が生活をしているテント村の強制排除が行われた。テント村の住人とそこに集まった若者たちは、行政代執行によってテントが強制的に撤去されようとするその日、舞台を建て芝居をすることで対峙した。テント村に住み込んで撮影を行い、自らも芝居の舞台に立った監督が、その光景を映し撮る。山形国際ドキュメンタリー映画祭2009招待作品。英語字幕付き。63分。

*キノ・キュッへでは、5月下旬に長居公園で上演された作・演出:太田直里による大輪ザ★パニックの芝居「同じ穴の地蔵」の写真展を、6/17(金)〜6/26(日)まで開催しております。

【主催】
キノ・キュッへ & エスパシオ映画研究会

【お問い合わせ】
042-577-5971 (キノ・キュッへ)
para_kino9@m2.pbc.ne.jp
090-5520-6752(吉田) 
yoshida@scan-net.ne.jp 
http://yoshida123.exblog.jp/12928307/